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玉湯の文化財ガイド

■玉ノ宮製鉄遺跡群
 1988(昭和63)年、玉湯川の上流の谷あいで、玉作り遺跡の調査中に

古代のたたら製鉄遺跡が発見されました。玉湯町玉造の玉ノ宮地区と呼ば

れるところです。しかも、その内の一つが、出雲地方海岸部で見つかった

製鉄遺跡の中では最も古いものであることがわかりました。

 玉ノ宮には4カ所の製鉄遺跡が見つかっていますが、調査されたのは3カ

所です。1)玉ノ宮D-1製鉄遺跡、2)玉ノ宮D-2製鉄遺跡、3)高畔谷

製鉄遺跡と名付けられました。いずれも川に面した山すそを削って平たん

地を作り、炉を設置していました。

1)玉ノ宮D-1製鉄遺跡

 9世紀(平安時代)のもの。炉はすでにこわされていましたが、その地

下構造は、幅60cm、長さ250cm、深さ25cmの溝になって残っていまし

た。D-2と同様、長方形の箱型炉と推定されます。

2)玉ノ宮D-2製鉄遺跡

 7世紀(古墳時代末期)のもの。炉の基部が残っており、炉の大きさを

推定できる珍しい例です。炉の内面の大きさは、幅42cm、長さ80cm、

深さ20cmの長方形箱型。片側には5つの送風孔が作られていました。た

たら製鉄では、製鉄が終わるたびに炉をこわして鉄を取り出しますが、こ

の炉は何らかの事情で途中で中止されたようです。

3)高畔谷製鉄遺跡

 12世紀末(平安末期〜鎌倉初期)のもの。炉の地下構造は、幅135

cm、長さ430cm、深さ70cmあり、そ地下構造部の溝の内部半分まで

は炭の層になっていました。
 多数の製鉄遺跡のある玉ノ宮
 D-1 製鉄遺構
 D-2製鉄炉